タグ:記憶 ( 194 ) タグの人気記事
飛び交う影
e0087225_19571453.jpg
 今度の住処もまた川が近い。ちょっとばかり生活排水の臭いも混じるが、それでも身近に水のある生活は何故か心が落ち着く。
 今まで住んでいた地域はおしなべて川の上をコウモリが飛んでいたが、今度もまた宵闇が迫ると小さな影がパタパタと飛び交う。ただ違う所と言えば数が多いこと。夕方飛び交う虫が多ければそれを補食するコウモリもまた多いという訳か。
 昼はツバメ夜はコウモリ、飛び交う動物が多い事に驚くと言うことは、横浜東京とそれでも自然の多い地域に住んできたとは言え、なにがしか決定的に違うと言うことなのだろう。当然と言えば当然なのだが、改めて考えると非常に面白い。
[PR]
by marshM | 2012-05-18 20:09 |
東京土産
e0087225_1554491.jpg 東京観光の途中、スカイツリーはまだ開業前で展望台に登る事は出来ないので、それならばと東京タワーに上る事になった。
 東京タワーには二度か三度上った記憶がある。階段を下から徒歩で上った時はまだ小学生だった。確かお土産屋さんで電飾が点くかっこいいミニチュアを売っていたと記憶していたので、展望台と麓のビルの土産物売り場をぶらぶらしてみた。
 ところが小一時間ほど端から端まで歩いてみたのだが、どうもちゃちな物しか見当たらない。私の記憶が曖昧だったのか、以前はちゃちに見えなかっただけなのか。ハッキリしないし腑に落ちないのだが、いくら探しても見つからないのであきらめる事にした。
 夜店の屋台と土産物屋はテンションが上がっている間は宝の山に見えるが、落ち着いてよく見れば大した物は置いていない、と言う事なのだろうか。
 
[PR]
by marshM | 2012-05-05 23:59 |
当たり
e0087225_23384822.jpg 電車の中、私は本を開いていることが多い。読んでいるのは大概一度読んだものか短編集。新しく買った本に夢中でのめりこみすぎると降車駅を乗り過ごす、その対策のためにキリのいいものを選ぶのだ。
 短編集は長々とした描写が無く起承転結がはっきりしているから意識が外に向きやすい。それでもごく稀に乗り過ごすことがある。そんな時、普通ならば乗り過ごした駅の数を数えて「しまった」と眉間に皺を寄せるのだろうが、私の顔にはニンマリと笑みが浮かんでしまう。
 ほんの十数ページの短編の冒頭の数ページでしっかりと読むものの心をつかみ没頭させてしまう書き手がいる。ついつい夢中になって電車を乗り過ごすと、そんな書き手に出会えたことが無性にうれしくなる。だから眉間に皺ではなく、笑顔を浮かべて反対側のホームに一人立つのだ。
[PR]
by marshM | 2012-04-27 23:52 |
優れたデザイン
e0087225_0583572.jpg 10年間、猫の爪とぎに耐え続けたソファーのファブリックを交換することになった。10年前とは言え、コンランショップの家具売り場はすぐに型番を確認し見積もりを出してくれた。
 コンラン卿が優れたデザイン製品を集めたコンランショップ。改めて見てまわるとやはり魅力的な物であふれている。ハイテクMP3プレーヤーと組み合わせるローテクスピーカー、昔懐かしいランタン、可愛らしいぬいぐるみ。どれもこれも持ち帰りたくなる。
 丸の内ビルのコンランショップから窓の外を眺めると、そろそろ改修工事も終わりに近づいた東京駅が西に傾いた太陽の光を反射してきらめいている。西洋建築でもなく、日本建築でもない、独特なフォルムの東京駅は、やはり優れたデザインなのだろう。この窓の景色もコンラン卿のコレクションの一つ、なのだろうか。
[PR]
by marshM | 2012-04-02 23:59 |
タンバリンギャラリーのこと
e0087225_0414466.jpg タンバリンギャラリーを知ったのは私に個展を勧めてくれたカメラマンの友人からの紹介だった。それではと出かけてみると、立地も雰囲気もよく一発で気に入り、あれよあれよと言う間に個展の日にちまで話が進んでしまった。
 何よりも良かったのは、久しぶりにアートの現場と言った雰囲気にひたれたことだろう。タンバリンギャラリーは学生の頃から知っているスペース・ユイともつながりがある。出入りするのは一線で活躍する芸術や編集の関係者。こんな環境で血が騒がないほうがおかしいと言うものだ。
 個展の準備中に昨年春に若くして亡くなった、タンバリンギャラリーの立ち上げにもかかわった永井宏さんを顧みる展示会がスペース・ユイと共同で開かれた。永井さんの作風は独特で、どこかで一度は目にして記憶の片隅にその印象を残しているものばかり。作品一つを見るたび、話一つを聞くたびに、どうしてもっと早くこのギャラリーと出会わなかったんだろうと残念に思うのだ。
 それでも、タンバリンギャラリーができたのは2010年、ごく最近のことである。そして、私が自分で面白いなと思えるような作風を作れるようになってきたのもごく最近のこと。遅い様でいてちょうどいい時期に、なるべくしてめぐり合えたのかもしれない。
 ギャラリーの高橋キンタロー氏、山崎直幸氏に「ここをホームギャラリーだと思って」と言葉をいただいたのがとても印象に残っている。もちろん、毎年ここへ帰ってくることを目標において、作品を作りためようと新たな目標ができたことは言うまでもない。
[PR]
by marshM | 2012-03-29 23:59 |
立ち位置
e0087225_0404451.jpg 寒の戻りと言っても少しずつ最低気温が上がってきて、冬の間寒さに鈍感になっていたのか、花粉症を押して鼻が利くようになってくる。通り過ぎる人の香水の香り、裏路地から漏れる夕餉の匂い、下水溝から立ち上る腐臭。
 帰り道、様々な匂いを無意識野に押しやって歩くと、ふと記憶に引っかかる強い香りに呼び止められた。文字通り足を止めて、それどころか数歩戻って辺りを見回すと、ビルの片隅にある小さな生垣に沈丁花の花が咲いていた。
 ひっそりと甘い香りを振りまく小さな沈丁花の花は、様々な春の記憶を一時に蘇えらせる。郷愁とはちょっと違う、強い想いが心に広がった。
 コンクリートに囲まれた沈丁花は、いったい何を想うのだろうか。
[PR]
by marshM | 2012-03-22 23:59 |
似て非なる
e0087225_0575897.jpg 月、星、雲、波。コンクリートに当たり吹き降ろす風と梢を揺らす風とは、同じでいて全然別物だ。ガラスとアスファルトが反射する太陽の光と緑の葉や乾いた土にこもる光も同じようで全く違う。宇宙の営みがそこにあると言うことと、それを感じると言うことは、別のことなのだ。
[PR]
by marshM | 2012-01-17 23:59 |
ナントカは風邪をひかない
e0087225_011834.jpg うちのカミさん、ついに正月休みが終わっても風邪が治らなかった。私が一緒にいてもたいした看病もできないのだが、それでも家に一人でふせった病人を置いてくると思うと、仕事をしていても気もそぞろになるものだ。
 ところで、あまりの症状のひどさに私に風邪がうつらないかと心配されてはたと考え込んでしまった。最後に熱を出して寝込んだのはいつのことだったか。ちょっとすぐには思い出せないあたり、われながら可笑しく思えてくる。
 私の場合体調が悪くなってもほとんど食欲が落ちない。食べて眠れば大方の症状はよくなってしまう。それがいいのか悪いのか、程々の病で「痩せたね」と言われることをついつい夢見てしまうのだ。
[PR]
by marshM | 2012-01-05 23:59 |
焚き火
e0087225_027367.jpg いつもより布団から出るのがためらわれるほど気温が下がった朝。御徒町の黒門交差点には門松やしめ縄飾りを売る屋台が組み上げられていた。
 組み終わった屋台の端材を使ったのか、一斗缶に火を焚いて暖をとる姿が見られた。見渡す限りビルばかりの風景の中で焚かれる火は違和感を伴うが、すぐ隣の交番に立つ警官もそ知らぬ顔をしているところを見ると、ちゃんと許可を取っているのだろう。
 どこの街でも気がつくとそこにある風景だが、いつもと違う雰囲気に毎度戸惑いを覚える。もう年の瀬は迫っているのだとせかされているような、それでいてのんびりとした人情味あふれる不思議な風景。
[PR]
by marshM | 2011-12-26 23:59 |
クリスマス
e0087225_0503675.jpg 結婚してこの方、クリスマスを夫婦二人で過ごしたことが無い。お互い仕事が忙しい時期で離れ離れになってしまうため、予定をあわせてどこかに行くとか家でゆっくり過ごすということが無理なのだ。
 クリスマス連休となった今年も、例に漏れずカミさんは出張。離れてはいるがメッセンジャーですぐに話せるし、一日の終わりには電話で話すし、あまり離れていると言う気分は無い。
 元々クリスマスは家族で過ごすのが欧米の習慣。プレゼントを買い夜の街に繰り出しパーティーを開いて消費を促すのは日本企業が作った儲けるための幻想だ。そう思うとうちの夫婦はたとえ顔をそろえていないとしても、正統なるクリスマスを過ごしているといえなくもない。
 物質的な豊かさよりも心豊かに過ごせた今年のクリスマス。皆さんのところはいかがだっただろうか。
[PR]
by marshM | 2011-12-25 23:59 |