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体の記憶
e0087225_21223922.jpg 秋の日が暮れていく。わずかに肌寒く乾燥した空気と、茜色と言うよりは橙色に染まる空。郷愁を誘う色と肌触りだ。
 郷愁と言っても生まれ故郷を思い出すのではない。秋に旅したスペインの空、地中海の風だ。夕暮れのコスタ・デル・ソル、宵闇のグラナダ・アラブ人街、ジローナの不思議な祭り。頭が覚えていなくても体からじわりと記憶が引っ張り出される。
 そして夕焼けの記憶に引きずられるように思い出すのはイタリア、ミラノの石畳。何年も何十年も使われてきた石畳はすり減り、斜めに差す夕日を鏡のように照り返す。あれは春の日だったが、やはり乾燥して少し肌寒い日だった。
 次にヨーロッパを訪れるのはいつの日になるか。今度はどんな感覚が体に染み込んでくるのか、予定も立たないうちから楽しみでしょうがない。
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by marshM | 2012-10-25 21:37 |
追憶の空
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 姪っ子が来週修学旅行に行くらしい。近頃の高校生はどんな面白い所に行くのかと聞いてみたら、九州。ずいぶん地味な修学旅行だと思ったが、費用や原発事故の影響の事などを考えれば当然の結果なのかもしれない。
 秋が深まってきてこの時期そう言えばスペインに旅行をしたなと考えていたら、向かいに座るカミさんが「この季節になるとイタリアの事を思い出す」と言いだした。二人とも全く違う国の風景を思い浮かべていたくせに、同時にヨーロッパを訪れた旅の記憶を掘り起こしていた事がなんだか可笑しい。
 姪っ子の修学旅行の話を聞いた後、自分の修学旅行がどうだったか思い出そうとしてみたが、喫茶店をはしごした事と当時凝っていた一眼レフカメラをいじっていた事しか思い出せなかった。
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by marshM | 2012-10-14 16:38 |
中途半端な街
e0087225_16161780.jpg 先日ちょっとした用事で横浜の実家に寄ってきた。横浜の街は巨大な京浜工業地帯に隣り合った一大ベッドタウンであるから、起伏の多い土地には急な斜面にもみっちりと住宅が並んでいる。深い谷間に入り込むと、まるで巨大なデザインマンションの中を歩いているような、不思議な感覚に陥る。
 そんな人の多い横浜の住宅街でも、まだまだ古くからの居住者は多く、区画は広めで庭木を多く植えた家がまだたくさんある。かくいう私の実家も椿に木蓮、梅にジンチョウゲと手入れの事も考えずに様々な庭木が植わっている。窓を開けて庭を眺めていると、暮れ色の空気にコオロギの声が幾重にも響きはじめた。
 今住んでいる関西の都市もかつて産業で栄えた都市、見渡す限りに住宅街が並んでいる。しかし、何か物足りなさを感じていた正体がやっとわかった気がする。街路樹と庭木が少ないのだ。枝が屋根のように張る小道の辻でコオロギの声に包まれるような感覚がないのだ。
 田舎のようで田舎で無し、都会のようで都会で無し。地方都市だの都会だの、案外どちらも中途半端なのだ。
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by marshM | 2012-10-08 16:38 |
闇を歩く
e0087225_22144286.jpg 暗闇を歩くのは嫌いではない。世の中全くの暗闇など雲に閉ざされた夜の海の上か洞窟の中ぐらいのもので、街中でちょっとした暗がりでも少し先に行けば必ず街灯やコンビニの明かりが視界に入ってくる。
 子供の頃、手塚治虫の『ブラック・ジャック』にすっかりはまった私と友人は、お互いの家を行き来しては”オペ”に明け暮れていた。患者は超合金のロボットだったり友人の妹の大事なぬいぐるみだったり。昆虫採集セットに付いてきた簡易メスと鉗子代わりのハサミを使って、病巣の切除に明け暮れた物だ。
 手術ごっこがエスカレートしてくると、ぬいぐるみでは物足りなくなってくる。本物そっくりのメスが手元にあったのがいけなかった。田舎で採取してきたイモリを解剖しようという事になった。そして生き物の腹をあける事がどんなに生臭いか、ただいたずらに命をもてあそぶ事がどんなにむなしい事か。その時少年の私たちの心にはしっかり刻み込まれた。
 今の時代、少年達の心は闇に支配されているらしい。いつまでも幼児期の嗜虐性から抜け出せない闇、攻撃されて閉じこもる闇。どんな闇にも終わりが来る事を知っていれば、希望を持つ事ができるのに、それを教える事ができずに痛ましい事件が起こる。嘆かわしい事だ。
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by marshM | 2012-09-21 22:41 |
記憶の歪み
e0087225_19393748.jpg お盆を過ぎると夏の勢いは急速にしぼんでいく。日差しが傾き夜の空気がひんやりとし、ツクツクボウシが鳴き始める。とは言え、日中の気温はまだまだ真夏日。高空に糸のような雲が流れている日はモクモクと伸び上がった入道雲が雷をつれてくる。
 先日の夕方、山の稜線に沿って大きな積乱雲が立ち並ぶ姿は壮観だった。暗くなった空の下には雨のカーテンも引き連れている。所用があって電車に乗ると、丁度そのカーテンに向かって走り出した。山に近づくにつれ、雷の音が大きくなり、次第に暗くなる。ハッキリと見えていた雨のカーテンがぼやけて境目がわからなくなった頃、列車の窓を大粒の雨がたたきつけた。
 雨を引き連れた雲が印象的だったのは小笠原父島の山頂からのながめだった。絶海の孤島と海を渡る雲。しかし何処までもゆっくりと流れる時間の中では、それは一枚の絵として記憶に残る。あの雲が引き連れた雨のカーテンは父島の大地を濡らしたのかどうかは忘却の彼方。
 急行列車が時速100kmで雲と山の間を駆け抜けると、再び夕日の輝く街並みが姿を現した。雨は西の空に置き去り、何処を探しても虹は見あたらなかった。
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by marshM | 2012-08-23 19:56 |
予告編
e0087225_2220633.jpg 梅雨の晴れ間の夕暮れは、いつの間にか遅くなった日の入りの時間に驚かされる。7時をまわってもまだ空が明るく、西日がしっかりと影を長く落とす。暖色に照らされた山並みを見渡して、はじめて自分の住み始めた土地を美しいと思った。
 私が育った横浜の街は、起伏が多く坂は急だが、高台から眺める景色はだだっ広い関東平野。遠くに大山連峰が霞に青く、その上に富士山が顔を出す。所々にこんもりとした緑が点在するが、基本はコンクリートと屋根瓦に埋め尽くされている。
 あの夏の日、入道雲のシルエットが幻の山並みに見えたのは、きっとこんな景色を連想していたのだろう。遠く霞にぼけた山並みではなく、ハッキリと見渡せるこんもりとした広葉樹のテクスチャー。やがて来る夜が明ければまた梅雨前線が北上する。夏の予告編はなんだかとてつもなく面白そうに思えるのだ。
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by marshM | 2012-07-03 22:41 |
陸の風読み
e0087225_0115753.jpg 東京の街は人が歩く速度がどの街よりも速いと聞いた事がある。関西でもっとも大きな都市大阪の街を歩いてみて、なるほどやはり東京の人たちは歩くのが早かったと思う。いや、言い換えれば私の歩く速度が周りに全く合っていないのだ。
 私鉄・地下鉄・JRが乗り入れる巨大乗換駅の連絡通路を朝の通勤通学時間帯に目的の路線に向かって歩くのはかなりの技術がいる。特に遅刻ギリギリに家を出るのが普通となっている場合、ヨットマンの風読みのごとく人の流れを読み渡っていく術が生死を分かつのだ。
 関西のエスカレーターは東京と違って右によって左をあける。しかし左側をせかせかと先を急ぐサラリーマンはさほど多くない。郷に入っては郷に従え。しばらく風読みの技術は封印、と言う事になりそうだ。
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by marshM | 2012-06-24 23:59 |
夜霧が呼ぶのは何処?
e0087225_2312226.jpg 先日、神戸は南京町まで行ってきた。南京町と言えば横浜中華街が良く引き合いに出される。横浜の方が広いだの神戸の方が豚まんがうまいだの、双方それぞれに主張があって決着はつかない。
 今回は南京町だけでなくその周辺をぐるりとまわってきた。歩き回って気がついた事は、大きさはともあれ、横浜と神戸は良く似た街だという事だ。南京町は前述の通り中華街に相対する。その裏側には双方元町通りがあり、歴史のありそうな輸入雑貨屋や食品店、個性的な衣料品店が立ち並ぶ。そこから少し奥に入ると元町高架下商店街略して「モトコー」、骨董品屋やアート・ファッションの店が所狭しと並ぶ姿は横浜の伊勢佐木町を思い起こさせる。そして更に山へ登れば異人館。
 結局、横浜も神戸も港に着く海外からの船と船員が作り上げた街、と言う所で歴史的にも商業的にも非常に良く似た面があって当然なのだ。それは広いから良いとか美味いから良いとかそう言う事ではなく、比較して共通項を見つける事で港町の良さという物をどちらも浮き彫りにしていると思うのだ。その一方の横浜に生まれついた事が何だかちょっと誇らしく思えた一日。
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by marshM | 2012-06-14 23:30 |
一日の始まり
e0087225_2093725.jpg 毎朝10時を過ぎると窓の向こうから声が聞こえてくる。少し離れた大通りに並ぶ低いビル群のどこかから聞こえてくる声。
 耳を澄ますと女性ばかり数人から10人前後の朝礼の声だとわかる。店で客に対して使う言葉を斉唱している声は、なんだか発声練習をしている女優の卵達を思い出す。
 今日も10時をまわると声が聞こえてくる。元気に一日が始まる。
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by marshM | 2012-05-25 20:19 |
かさなる時
e0087225_19562760.jpg 明日の朝は金環日食。日本の首都圏では173年ぶりとか。20年前にドリカムが「2012年の金環食まで・・・」と歌っていたのを気に入って良く聞いていたのだが、当時はずいぶん先の話だと漠然と思っていた。同じ様な事を思い出した人は多いらしく、TVの特集でもあの歌が流れるのを良く耳にする。
 元々天文には興味があったから、皆既食や金環食は一度は見てみたいと思っていた。ニュースで聞くのは海外の話題ばかりで、今回居ながらにして金環食が見られるのは実にありがたい。近所であっという間に売り切れになった日食観察眼鏡をAmazonでお急ぎ注文して準備は万端である。
 それにしても明日の天気予報はあまり思わしくない。午後になって雲も厚くなってきた。昨日はツバメが低く飛んでいた事をつぶやいてしまったが、本当になりそうで後悔している。後は奇跡的に晴れる事を祈るのみ。日食観測に期待している老若男女の中に晴れ男晴れ女の割合はどれくらいいるのだろうか。
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by marshM | 2012-05-20 20:10 |