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白との対峙
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 関東地方に乾燥した冷たい北風が吹き付けている日は、平野の北に壁のようにそそり立つ山々の向こうで雪が降り続いているという事に他ならない。記憶に蘇るのはまっすぐに続くハイウェイの向こうに白く連なるのこぎりのように鋭角な山脈。分け入ったトンネルのオレンジの照明を数えるほどに高まる緊張。厚い岩盤の庇護から抜けた先は積雪かアイスバーンか、対向する車線が隔離されたトンネルではその向こうをうかがい知る情報が全くないのだ。
 ブレーキ、エンジンブレーキ、ソフトタッチのステアリング。高性能なマシンの挙動を手と足の感覚に同化した一瞬は既に遠い時の彼方。シンプルな構造のオンボロマシンは追い越し車線でごぼう抜きする事こそ出来ないが、かつて走った道の風をのんびりと脳裏に蘇らせて走る余裕がある。
 寒気団が南下して日本海側は大雪になるらしい。あのトンネルの向こうは変わらぬ白い世界だろうか。



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by marshM | 2010-01-04 23:59 |
星の瞬きにはかなわぬが
e0087225_19238.jpg 夜半を過ぎて雨は上がったが、雲は切れず期待された流星群は眺める事が出来ない。
 Facebookに旅行で訪れた土地をマークするアプリケーションがあったので、試しに今まで行った海外の地にピンを刺してみた。マークしているうちに勝手にダイアログが開いて「訪れたホテルを評価しろ」と勧められる。今までもう一度絶対訪れたいホテルは2軒、一つはヴェネツィアのAl Portico Guest Houseと新婚旅行で行ったAmanresort hotel boraboraだ。Al Porticoは評価したがHotel boraboraは訪れた時期のプルダウンメニューが過去4年分ほどしかなく途中であきらめた。
 思い返せばもうあれから6年ほど経っている。月日は流れたがHotel boraboraの桟橋で飲んだウエルカムドリンクのシャンパンと周りに広がる青い海は鮮明に思い起こす事が出来る。小さな空港を出た目の前の桟橋で、他のホテルの客は島の中心街へ行く船に乗るが、我々Hotel boraboraの宿泊客は専用ボートが迎えに来て、そこからホテルのサービスが始まっていたのには驚いた。
 Amanresortのそれも南太平洋と来れば数日滞在するにも結構な費用がかかる。それでも、もう一度必ず訪れたい場所なのだ。



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by marshM | 2009-11-17 23:59 |
ボローニャのパットン
e0087225_235075.jpg ドラマ『バンド オブ ブラザース』で冒頭にかつてヨーロッパの戦場で戦った老人がこう語る。「寒い日は妻にこう話すんです、ここがバストーニュじゃなくて良かったと・・・」それだけ辛く寒く厳しい戦いだったと言う事を言わんとしているのだ。
 私が重たい荷物を持っているとカミさんが「重たくないの?少し手伝おうか?」と心配して声をかけてくる。そんなときは決まってこう返すのだ。「ここがボローニャじゃなくて良かったよ」と。
 ヨーロッパ旅行ではどんなに日本国内での移動にエスカレーター・エレベータを組み込んで快適に空港まで目指したとしても、現地で電車に乗る時に必ず重たい荷物を低いプラットホームから持ち上げて乗せなくてはならないという苦行が待っている。細腕の彼女に任せるわけにはいかないから、二人分の荷物を順次持ち上げなくてはならない。加えてボローニャではエレベーターが休止中、15日間二人分の荷物の入ったスーツケース二つを両手に提げて、長い階段を上り下りするのはかなりきつかった。
 二度目に下車した時に運良く駅員がいて、業務用のエレベーターを開けてくれた時はパットンの再来かと思ったとか思わなかったとか、そんな話題に花が咲くのはやっぱり変な夫婦なのだろうか。


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パットンとは・・・
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by marshM | 2009-10-25 23:59 |
ブレスレス
e0087225_3105347.jpg バスに乗らずに駅まで出ようとすると、谷間にある養鶏場の前を通る。その日の風向きによっては非常に臭い。坂道を通り抜ける間は息を止めるのだが、歩きの場合はどうしても口で息を吸い込まないと窒息してしまう。
 そう言えば小学生の頃、息を止めて駆け抜けた道には何があったのか。今となっては忘却の彼方だ。


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by marshM | 2009-09-28 23:59 |
モヤシの体操
e0087225_0224727.jpg 夕ご飯の支度、モヤシのヒゲ取りを手伝う。モヤシのヒゲ取りと言っても最近のモヤシはきれいなもので、取って捨てる部分はほとんどない。沖縄のオバァは暇さえあればあちこちでモヤシのヒゲ取りに精を出すらしいが、こんなモヤシが増えれば商売あがったりだろう。
 近頃の子供たちはラジオ体操が夏休みを通して毎日あるわけではないらしい。家族で旅行する家庭に配慮しての事だろうか、夜更かししてテレビゲームに興じる子供が多くて参加人数が減ったのだろうか。
 ラジオ体操が終わって熱を持ち始めた太陽の下、三々五々その日の遊びの予定を話しつつ帰る背中に、時折ラジオ体操第二の曲が聞こえていた。第一とはうってかわって短調の旋律に、いつまでも続かない夏の終わりを焦りにも似た気持ちで聞いたのは、ずいぶん遠い事のようだ。
 現代のモヤシっ子たちはラジオ体操に何を思うのだろうか。


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by marshM | 2009-09-07 23:59 |
常にある夏
e0087225_240328.jpg 部屋に差し込む陽の光がすっかり長くなった。天高く登ってから時間が止まったかのように下界を見下ろす太陽が輝いていた季節は終わりに近づいている。
 そこに行けばいつでも存在する夏はありがたいが、やはり四季を通じて復活するからこそ夏のありがたみが増すというものだろう。小説『グラン・ヴァカンス』のコスタ・デル・ヌメロ(数値海岸)の様に常に変わらない夏の日の一日を繰り返すのでは、AI達のように心が固まってしまう。
 しかしながら、あの夏の日をいつでも体験できる仮想空間があればどんなに楽しいだろう、と考えずにはいられない自分も確か。それは夢の彼方にあるからこそもう一度と思うに過ぎないというのに。
 来週には秋雨前線が待ち受けているという。もう少し余韻を楽しむために、夏を舞台にした小説を幾つか引っ張り出してこようか。


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by marshM | 2009-08-19 23:59 |
冷たいプール
e0087225_3303111.jpg 家の中で力仕事に汗をかいた後、ベランダに出て風に当たるとすっと汗が引いていくなどというのは、夏にあるまじき状態である。朝から雲が多く、東寄りの風は肌に涼しい。
 夏休みに入ればプールを楽しみにしている子供達は、灼熱の太陽を隠す雲を恨めしく思っている事だろう。気温の上がらない日に入るプールほどつまらないものはない。唇は紫色になり、少しでも体の動きを止めるとガタガタ震え出す。真夏の屋外プールはジリジリと肌を焼く太陽と対になってこそ楽しいのだ。
 どんなに天気が良く暑い日であっても、プールが冷たい日がある。それは浄化装置の付いていないプールで週に何度か水を入れ替えた直後だ。山の清流のように冷たくて、そして透明度が高い。この日ばかりは天気さえ良ければいつまでも潜水を心ゆくまで続けるのだ。
 明日から8月、夏本番。子供達のためにも、農作物のためにも晴れる日が続いて欲しい。


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by marshM | 2009-07-31 23:59 |
夏日
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 梅雨も半ばを過ぎると、雑木林のクヌギの木にカブトムシたちが集まる。夕方、まだ暮れないうちに空を眺めていると、どこからともなく黒い影が飛来するのが見られるのだ。夜になって雑木林の一番端にある木を見に行くと、大きなカブトムシとコクワガタが樹液を吸いに来ていた。取らずに写真撮影。
 今日は気持ちよく晴れ間が見えて気温が上がり、湿度が高いので前の日までに比べてグンと夜も蒸し暑い。そう思っていたら羽蟻の大量発生の日に当たったようだ。蟻の巣がある方向の窓がたまたま隙間が空いていて、たくさんの羽蟻に侵入されてしまった。
 羽蟻と言えば梅雨が終わった小笠原父島は外来種のシロアリが乱舞していて面食らった事を思い出す。日暮れ直後に電灯をつけていると、網戸の網目からでも侵入してくる。その群がる姿はさながらホラー映画のようだった。
 昆虫たちには梅雨が明けるかどうかなどお構いなしに真夏がやってきているようだ。


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by marshM | 2009-07-13 23:59 |
凍りのくじら
e0087225_2384127.jpg 辻村深月著『凍りのくじら』を読んで驚いた。いや、驚いたのはこちらの勝手な都合で別のSF作家だと思いこんで手に取った故なのだが。
 女子高生の日常の中にある多彩な心情をつづったストーリーなのだが、藤子・F・不二雄氏の作品になぞらえて話が進んでいく。「ああ、苦手なタイプの小説だ」と読み始めたが、どんどん引き込まれていく自分にまた驚く。
 他人の思いと自分の思いの温度差にとまどい、自分の居場所を見つけられない多感な時期。群れの中で孤絶していると思いこんだのは自分の殻がそうさせていたのだと気がつく成長過程。私が高校生の頃は、こんなにも人との繋がりを真摯に受け止めてはいなかった、もっともっと子供だったと思う。あの頃の私にこの本を読ませてみたらと思うが、たぶん、面白くないと投げ出してしまった事だろう。
 間違えて手に取った作品だが、今の私には読み応えのある佳い作品だった。たぶん、もう何度か読み返す事になるだろう。

凍りのくじら (講談社文庫)

辻村 深月 / 講談社

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by marshM | 2009-01-16 23:59 |
アルハンブラ物語
e0087225_222512.jpg 近頃『アルハンブラ物語』を読み返している。いや、一度も通読していないのだから「読み進めている」が正しい。アルハンブラにまつわる話がまとめてある本なので、短編集のように区切りが良い。区切りの良い本はなぜか読み終わるまでに膨大な日数を要するのだ。
 思い返せば数年前、スペインのAlhambra宮殿を訪れる際に、飛行機やバスの中で読もうと購入したのだが、だいたい乗り物に乗って窓の外に気を取られている時間が一番長いのだから、本もなかなか読み進まないのは無理もない話なのだ。
 さて、当のAlhambra宮殿はたかをくくってギリギリまで予約しなかったせいで宮殿内部の見学はできなかった。城壁の内側にあるフリーゾーンから向かいのAlbayzinの丘と宮殿の外壁を眺めただけである。それでも遙々Grenadeまでやってきた感慨に浸る事はできた。
 『アルハンブラ物語』を読み進めていくと、宮殿内の広間や中庭にまつわるたくさんの逸話が出てくる。そこで初めてGrenadeの成り立ちに触れると、この話を思い出しながら宮殿各所をまわったらどんなに楽しいだろうと思えてくるのだ。
 もしかすると、Alhambra宮殿を泣く泣く放棄したスルタンの亡霊たちに「おまえにはまだここを訪れる資格がない」と突き放されたのかもしれない。一つ話を読み終えては彼の地にきっとまたたどり着きたいと想いがふくらむのだ。


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by marshM | 2009-01-15 23:59 |